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『宇宙のガズゥ』:偉大なる漫画家・横内なおきが帰ってきた!

マンガ

何たって2016年1月のイベントと言えばこれである。

人口爆発により、行き場のない大量の移民を乗せた貨物船が、宇宙をさまようようになった未来。
植民星の開発は捗らず、いつしか貨物船それぞれがひとつの文化圏と化していた。
物資の困窮により、富める者とそうでない者の差は広がり続けた。やがて貨物船同士の争いがはじまり、また船の中でも苛烈な格差社会が形成されていった。

まさに“生き残りを賭けたサバイバル宇宙時代”の到来だった。

ある日、荒廃したとある星を、宇宙船「オクアノス」が飛び立つ。
仕事を求める“ロワー”達は、今日もまた、マシな生活への希望を掴めぬまま船から降ろされた。
ただひとり、覆面の巨漢「ガブリエル」を除いて……。

新鮮味ゼロである。ていうかもう、クリシェの域。*1

だが、作者の魅力は、独創性のある世界観ではないのだ。いやそもそも氏の作品は、偉大な名作の要素を惜しげもなく取り入れ、自らの作風の下に再構築するものなのだ。

すなわち、児童誌の画風で展開される、渇き切った冷たい暴力

このミスマッチな、それでいて唯一無二の魅力にあふれた世界がとうとう帰ってきた。
作者――あの『サイボーグクロちゃん』を世に送り出した横内なおき氏の、これは、見事なカムバックである。

 

 

とりあえず読んでみねえとわかんねえよー、という人は、Pixivで1話を読めるので試し読みしてください。

 

www.pixiv.net

 

 

末期「コミックボンボン」読者と『サイボーグクロちゃん

私は20代半ばだが、同世代の人に『サイボーグクロちゃん』を知らない人はいないだろう。
いやごめん嘘。いる。だってあれ連載してたの「コミックボンボン」だもん。

どんな漫画かと言われると、説明に困る。
一言でいえば「最強のサイボーグ猫”クロ”が繰り広げるドタバタギャグマンガ」であり、大規模な破壊描写を伴ったテンポのいいドタバタギャグ、時折飛び出す妙にシニカルな小ネタが魅力のギャグマンガなのだが、この漫画の魅力はそこだけではなかった。

どこまでも広がる荒廃した砂の海で、争いだけが繰り返されるディストピア
四肢をちぎられ、皮膚をはがされて、無残に殺されていく仲間たち。
親友の片目をえぐりとってしまったことを悔やむ主人公と、彼への復讐の念に悩まされる親友。
実の息子を延々踏みつけ続ける父。
口から血を流し、目を上転させて地面に転がる息子。
そしてその怨念が形となって表れた、無限に膨らんで街を飲み込もうとする怪物。

サイボーグクロちゃん』は様々な顔を持っていた。
ときにハードなディストピアSFであり、血みどろの任侠青春映画であり、爪はじき者の友情を描いたジュブナイルアドベンチャーでもあった。

まあもっとストレートに言ってしまえば、ときに『マッドマックス』、ときに『仁義なき戦い』、ときに『AKIRA』だった

読んだことない人はぜひ、新装版が刊行されている今、読んでほしい。
新装版があるなんて知らなかった!という当時の読者のみなさん、おめでとう、すぐ買いましょう。

サイボーグクロちゃん』とは、全11巻(新装版は6巻)の中にこれだけの(偉大な名作エンターテイメント作品の)要素を贅沢に詰め込んで、当時小学生だった私たちに紹介してくれた、極上の漫画作品だった。
そしてその魅力は、今読み返してみても、まったく色あせていない(これは断言させてもらう)。

そんな作品を送り出したのが、横内なおき氏だったのです。

 

暴力漫画家・横内なおき

と書くと、ファンはおろか当の本人にも怒られるだろうけど、横内なおき氏が持つ魅力を見つめた場合、まずはこうして呼ばざるを得ないと思う。

「四肢をちぎられ、皮膚をはがされて、無残に殺されていく仲間たち」の姿を、横内氏は、児童誌で、正面から描いた。
サイボーグクロちゃん』の場合、登場人物が全部ネコ、という天才的なアイディアがそれを可能にしていた。
どんだけ飛び散ったりしてもネコだもん、大丈夫大丈夫、ってな調子だ。

これもまた断言するが、最初から最後までただのギャグマンガだったとしても『サイボーグクロちゃん』は人気だったはずだ。それぐらい、ギャグの完成度は高かった。
でも、児童誌らしからぬあのハードな暴力的展開を、こうまでしてねじ込んだのは、やはりその展開こそが横内氏自身の作風だったからだと思う。

そして、そんな暴力が広がる間も、ギャグシーンと変わらぬ雰囲気で続く、あの親しみやすいデフォルメされた絵柄
いかにも児童誌然とした画風の中で展開される、苛烈窮まる暴力。
そのギャップこそが横内氏の第一の魅力であるのだ。

 

そして、この『宇宙のガズゥ』では、めでたくリミッターが外れた
薄汚い密航者は、真空空間に投げ出されて悶死する。
船を襲った宇宙海賊は、超小型ブラックホールで小さく圧縮され、謎の宇宙生物に首をもぎとられ、押しつぶされる宇宙船の中でミンチになる。

しかも今度はすべて人間だ。
今度こそ、容赦のない暴力が広がっている。

横内氏の魅力が、とうとう最大限に発揮されはじめたわけだ。

 

 

だが……。

ギャップ萌え (© pixivのタグ)

ただ暴力的なだけではないのもまた、横内氏の魅力だ。

1話のラストは実に身も蓋もない展開を迎える。

見るからに恐ろしい巨体と面構えで、オクアノスの掟が遂行されるのを見たガブリエル。
船の中では、乗船許可がすべて。許可のないものは誰であろうと、どこであろうと、船の外へ放り出される。
希望を掴んだはずが一転、絶望のどん底に叩き落されて死んでいった密航者の姿を、ガブリエルはは瞬き一つせず見つめていた。
「鋭い」という言葉では足らぬほどの凶暴さをたたえた、その大きな三白眼には、サバイバル宇宙時代が密航者に与えたこの苛烈な処遇さえ、掟に基づいた至極当然の営みとしか映っていないのかもしれない……。

 

否、彼はラストでこうつぶやく。
ないわー。ないない
よくできるわー、あんなこと。エッグいわー

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(※主人公は真ん中の丸いのです。エライ目つきをしてるこいつ。)

見た目はラスボス、中身は癒し系。それが今作の主人公ガブリエル、否、本当の名をガズゥ

横内氏は、針の振り切れた世界をそのまま読者に提供することはない。
それを冷めた目で見つめる身もふたもない視点、言い換えれば読者のそれに近い目線が、ほぼ常に作品の中に存在する。

ガズゥの「ないわー」「エッグいわー」という、作品の世界観から一気に剥離した軽い台詞が、彼の本来の性格を表す以上に、現実の読者の価値観が作中に入り込む導入口として機能している。

今作を、ただの「宇宙版『マッドマックス』」ではなく「横内なおきサイバーパンクSF」たらしめているのは、この要素だ。
何から何まで『マッドマックス』の換骨奪胎の産物、というわけではなく、心優しい青年が、この狂ったディストピアを読者と共に見つめながら生き抜いていく「横内なおき漫画」なのだ。

 

「ツボを押さえる」ということ 

例えば、『宇宙のガズゥ』と同時に発売された、『サイボーグクロちゃん』の新装版3巻には、重機を駆る敵集団(クロたちのかつてのボスであるゴッチ達)との戦いのエピソードがある。

そこに、『クロちゃん』屈指の燃えポイントがある。

激闘の最中、突進してきたブルドーザーが、クロを大量の破片ごと押し流す。
勝ち誇る悪役(運転手。ていうか運転ネコ)。
だが、その破片の山の中からクロが這い上がってくる。ブルドーザーが猛スピードで走行する中、操縦士は、生きていたクロを目の当たりにして絶叫しながら、ガトリングで吹き飛ばされる。
凄まじい疾走感と爽快感を持っている名場面だ。こればかりは読んでもらわないと説明しきれない(ブルドーザーが止まっちゃダメなのだ。走り続けているからこそ『マッドマックス』じみた興奮があるのだ)。

 

そんな場面が、今作にもある。
終盤、少女を抱えて宇宙海賊から逃げることになったガズゥは、銃弾の雨を、自らのカブトだけで防ぎきって少女を守る。
船外へつながるハッチに敵をおびき出し、自分もろとも吸いだされる危険を覚悟で、真空空間へ投げ出そうと試みる(このシーンで、宙賊のボスが「やりやがったなぁ!」と絶叫するあたりは興奮度マックス。樋浦勉の声で脳内再生された)。
残念ながら『クロちゃん』同様、実際に読んでもらわないと、興奮は体験できない。だが、新鮮味はなくとも燃えること間違いなしと断言しておきたい。

そう、横内氏が描くこれらの名場面の共通点は、「どこかで見たような気がする」ことだ。
「見た」わけじゃなく「見た気がする」のは、もちろん「そのままの場面は見た事がない」からだ。

横内氏は、数々の名作映画のシーンを作品に取り入れるが、そのまま出したりはしない。それらは常に、基本的に「より燃える展開」に変奏されて、読者に提供される。
身を挺して銃弾の雨から誰かを守るのは『ターミネーター』だが、T-800が背中で銃弾を受けたのに対して、ガズゥやクロ(『クロちゃん』終盤でも同じ展開があった)は、正面から銃撃を受けるのだ。

これらの、名シーンの変奏曲は、つまり「ツボを押さえた」シーンとして私たちの元に届く。
元ネタとなった映画や漫画が浮かぶような人ほど、今作を読んで「これこれ、こういう展開じゃなきゃなあ!」と、うならされるのだ。

 

横内氏は、数々の名作映画を意識し、非常にわかりやすく作品に反映させている。
サイボーグクロちゃん』は、上で挙げた以外にも、『白鯨』『エクソシスト』などをパロっている。ていうかそもそも、主人公がターミネーターだ。*2
それらはどれも、元ネタの「外しちゃいけないところ」を外すことなく、しっかりとオマージュに昇華されている。
いわば、『ファインディング・ニモ』のサメトリオのシーンで、『ジョーズ』のファンが味わったのと同じ興奮だ。あれが好きな人なら『クロちゃん』は絶対に絶対に絶対にハマる。
今作や『クロちゃん』が提供するのはそういう楽しみだ。

 

続巻を待ちながら

『宇宙のガズゥ』の魅力は、とりあえず一通り紹介した。
あとはどうか、この記事を読んだ奇特な方々それぞれで、購入を積極的に検討してほしい。

前書きによれば、一応作品の全体像は既にできているという。単行本の売り上げ次第では、十分続刊も見込めるだろう。

元々今作は、横内氏がPixivで、1年で1話のペースで公開していたものだった。
サイボーグクロちゃん』の新装版が刊行され始めたときは「ああこれでしばらくは『宇宙のガズゥ』は続きを見られないだろうな」と覚悟していたが、発表当初から追いかけていた側としては、数年越しに単行本を手にできて非常にうれしい。

その続編が見られるかどうかは、ひとえにこの単行本の売り上げにかかっていると言えるだろう。

絶対に損はしない。
『怒りのデス・ロード』でのジョージ・ミラーに並ぶ*3見事なカムバックだ。
2016年、もっとも重要な漫画のひとつ。ぜひとも手に取ってみてほしい。

 

*1:もっとも、作者が前書きで「離れていた漫画と言う仕事のリハビリとして描いた」と語っているのを見ると、そもそも斬新でひねりのある設定が生まれる予定はなかったのだろう。

*2:氏の『マッドマックス』愛は特に強く伝わってくる。Pixivアカウントにも記念イラストを上げてたし。

*3:『ハッピー・フィート』とかで普通に活躍してただろって? 聞こえんなあ。