フライト“ホラー”シューティング 『エースコンバット7 スカイズ・アンノウン』

mrbird.hatenablog.com

こんな名エントリの前では何を書いても蛇足になるんだけども……。
いや蛇足というよりもうコバンザメみたいなエントリなんだけども……。

 

 

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エースコンバット7 スカイズ・アンノウン』は本当に怖い作品だった。

エントリ名の通り、ホラーゲームと言ってもいい。

この作品に満ちている怖さとは、冒頭の記事でid:mehoso氏が解説していた「空を飛ぶこと」の恐怖にとどまらない。

誰が味方で誰が敵かわからない恐怖。

自分のやっていることが正しいのかわからない恐怖。

自分の向かうべき場所も、向かっている先もわからない恐怖。

今のこの世界を支えているのが
情報的な見通しの良さなのであれば
それが潰えた

劇中のこの台詞の通りだ。

本作でプレイヤーが空間識失調に陥るのは、フライト中だけではない。『04』や『X』の鮮やかな英雄譚も、『5』のような二大国全面衝突のノスタルジーもなく、代わりに、わからないこと――アンノウンばかりが物語を埋め尽くす。いくつミッションを終えても、プレイヤーは雲の中から抜け出すことはできない。

ミッション4やミッション15で味わわされるのは、異常な強さの無人機の襲撃を受けたり、力及ばず僚機を喪ったり、相手側の重く哀しい事情が明らかになったりといった、従来型の脅威――「エースとして活躍する自分の前に立ちふさがる強敵/挫折/葛藤」とは、明らかに異質なショックだ。
あんなに元気よく空を飛びまわり、次から次へと敵を撃墜していたはずの自分が、いつからか「攻撃すること」にどこかで恐怖を覚え始める。ためらいとかではなく、まさに恐怖だ。
これまでのシリーズ作品同様の、わかりやすく爽快なエース体験を予想していた身としては、いつも通りに「俺TUEEEEEE」気分を盛り上げておきながらしばしば容赦なく冷や水をぶっかけてくる本作の構造に驚かされた。

mehoso氏が着目していた、フライト中の視界悪化や乱気流の再現も、もちろん「よりリアルなフライト体験」の追求だけで生まれたものではないはずだ。
エースコンバット7』は、本当に徹底して、「アンノウン」の恐怖を描いた。それはプレイ面のみならずストーリー面にも及んでいる。

言うまでもなく、シリーズ従来の魅力――空をはじめとするステージのグラフィックや、敵機の破壊描写、何より数々の戦闘機のリアルな再現といったものはもちろん維持されており、順当に発展を遂げている。
しかし本作はさらにそこへ「恐怖」という新たな要素を持ち込み、もはや変異と呼ぶべきかもしれない進化を遂げた。
ホラーゲームとして同時期発売の『バイオハザード RE:2』ともタメを張れるかもしれない。誰も予想しなかった、“爽快で怖い”フライトシューティングゲームの誕生だ。

 

 

 

 

 

以下、ネタバレ注意。

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虚無だ。虚無だけがある。『美女と野獣(2017)』

【ネタバレあり】
未見の人は気を付けてね。

 

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『フォースの覚醒』を観た時にちょっとだけ感じられたあの寂しい感覚が、100倍ほどになって襲ってきた。

待望も待望、本当に楽しみにしてた新作だし、実際観ててとても楽しかった『フォースの覚醒』だけど、しかし、”見たことのない風景”がとうとうひとつもなかったという欠点を抱えていた。代わりに“見たかった風景”は大名舟盛りだったんだけど。
つまり「やたら金のかかったファンメイド(原作至上主義ファン謹製)」とでも言えばいいのか。原作を聖典化しすぎたせいで、とうとう原作から一歩も外へ出ずに終わってしまった感じ。「実にちゃんとスターウォーズしてる作品」ではあったけど、「とんでもない光景を見せてくれるSF映画シリーズ」ではなくなっていた新作。
その超々進化版が今回の『美女と野獣』だ。

 

もうほんとすごい。もちろん悪い意味で。
“超”のつくほどのビッグバジェット大作なのに、「美女と野獣の実写化」以上にこの映画を語るべき言葉が見当たらない。
完璧な実写化だ!という意味ではなくて、この9文字の文字列以上の情報を、2時間半かけて何ひとつ伝えてくれなかったということだ。

 

 

舞台美術を一例に挙げると、1991年にアニメで描かれたあのフランスの山村や城を、とにかく写実的にリアルに再現したかったのか、それともファンタジーとしてガンガン誇張したかったのか、はたまた、演劇舞台をスクリーンの中に再現したメタ的な、いわば「ミュージカル版の映画化」を目指したのか*1、実際、そのどれでもないのだ。
とにかく最初から最後まで、この映画の舞台美術は、リアルとファンタジーの両者の間をふらふらとさ迷い続ける。どれもこれもとりあえず“実物”ではあるのだが、それ以上のものにならないまま映画は終わる。
あの『美女と野獣』を再び映像化するというのに、軸となった様式美というか、テーマのようなものが全く見えなかったのだ。

でもって、なんか中途半端にチープなのだ*2。セットに金をかけられない安い海外ドラマとか邦画がよく画面をがっつりぼやかして安っぽさをごまかすけど、あれに似た質感が画面を覆っている。冒頭、村で繰り広げられる『変わり者ベル』のシーンなんて、「こういうおとぎ話をモチーフとした寸劇風のテレビCM(一応、金はそれなりにかかってるであろうクオリティのやつ)、外資系の保険会社が作ってそうだなー」としみじみ冷める仕上がりだった。

ぴったりな作品をひとつ思い出した。
少し前にやってた実写版『魔女の宅急便』だ。

これだこれだ。チープさといいぼやけた感じといい、何より何処を舞台としているのか、どんな世界の風景を目指したのか全く読み取れない感じ、今回の『美女と野獣』のセットそっくりだ。

 

 

要するにこの映画、実写というフォーマットで作った意味というか、「実写化してこれを見せたい!」という熱がこめられた箇所が、一切、見当たらないのだ。
アニメ映画を実写化するとなれば、そこに何らかの意義、必然性があってもいいものだと思うのだが、そういったものが一切廃されている(というかたぶん最初からなかったんだろうけど)。全編にわたって、舞台美術に限らず、キャスティングも音楽も全部こんな調子だ。「実写化しました」とだけ書かれたわら半紙をただ2時間半ほど眺めさせられたも同然の、無味乾燥な再映像化だ。
(ベルは読書好き→読書といえばハーマイオニー!というだけだろ、エマ・ワトソンを起用した理由って)。

だからまあ、実写化に失敗したっていうわけではない。
如才なくとはとても言えないが、手堅く、実写化は完遂されている。これこそまさに、「普通に楽しい映画」だ。そしてそれがこの映画のまさに嫌なところで、「普通」が作品を支配しているのだ。

俺としては、この映画は現時点で、2017年ワーストだ。
進撃の巨人』や『ルパン三世』にも劣る実写化だと思う。
だって『進撃の巨人』2部作は「特撮魂見せてやるぜー!」という気概に満ちていたし、『ルパン三世』はアジアのすべての国の人が楽しめる多国籍アクションを作り上げようという意欲的な試みの産物だった。
その点、何もかもが「普通」に済まされてしまった『美女と野獣』からは、これらの年間ワースト級クソ実写邦画でさえ少しは持っている、そういった「熱」のようなものを、一切見てとることができないのだ。
代わりに結実しているのは「実写化したい!」という思いだけだ。つまりこの映画は、「実写化」それ自体に価値を感じる人のための映画であって、現実の俳優が現実の舞台で物語をとりあえず形にしていればそれで十分なのだ。
ゴジラ映画に置き換えてみれば俺もその感覚は理解できる。『ゴジラ×メガギラス G消滅作戦』や『ゴジラ×メカゴジラ』のように、今作同様の、超平坦で、あえて作る意味が全く見当たらない、そこら辺に浮かんでいる霞のような存在感の映画も、ゴジラ作品というだけで俺にとっては愛すべき作品だ。「美女と野獣の実写化」というだけで既に得難い価値がある、という人も同様に相当数いることだろう。
しかし実際そうではない身としては、この映画は、原作の良さを反芻するためのツールとしてしか使えなかったし、鑑賞後に残ったのは、たとえて言うなら、中島みゆきの「糸」をまるで自分が作りましたとでも言わんばかりにうっとりと歌う三文歌手のステージを観たときのそれに非常に近い嫌悪感だけだった。

多分今年のワーストだろう。少なくとも今は、ぶっちぎりでワーストだ。

 

 

唯一褒めたいのは、城の住人が本来の姿を取り戻して、「えっ!この俳優さんだったの!?」とびっくりした瞬間かな。前情報なしで観たので、オビ=ワンはちょっと予想外すぎて笑った。

*1:わかりづらい言い方だが、『メリーポピンズ』のような、最近でいえば『ラ・ラ・ランド』のエピローグのような、ああいう画面作りのことを言いたい。

*2:「いやー、あの映画死ぬほど安っぽかったわ!」とネタにできるほどの安っぽさではない。

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【ネタバレあり】もうサイレントヒルもカプコンが作れ。傑作『バイオハザード7 レジデント イービル』

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ネタバレなしにこのゲームについて知りたい、買おうか買うまいか迷っている、なんて人には以下の通り主張します。

 

このゲームは確かにOUTLASTとP.T.と悪魔のいけにえとSAWを濃厚にパクッた作品ですが、
これらの要素を『バイオハザード』として完璧にまとめ上げた、まぎれもない『バイオハザードにしてまぎれもない“resident evil
ずばり今年ベストを争うであろう傑作
そして将来国産FPSのエポックメイキングな名作として語られるであろう作品でした。

絶対に買うべきゲームです。

 

買うならぜひ「グロテスク版」を。
「通常版」が平気なら多分「グロテスク版」も大丈夫です。通常版の規制って、グラフィックをこねくり回して規制の範囲内に収めたようなものが多いので。
明らかに腕がぶった切られた場面で腕がくっついたまんま、とか、むしろ通常版は規制のせいで不自然な造りになってるところがあります。
暴力的なシーンがまるごと変更されているわけではないので、グロテスク版が無理な俺でも通常版は平気でした!ってことはないと思います。
さあどうぞこの赤いパッケージの方を。

 

というわけでここからレビューです。

 

  

 

※※ここからしばらくは『バイオハザード7 レジデント イービル』の微ネタバレでっせ※※
※※「マジで何も前情報入れたくない!」って人は注意でっせ※※

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これでお前も家族だあ

 

 

 

P.T.とOUTLASTと悪魔のいけにえと諸々々々

『P.T.』を、私は今も大事にPS4のHDDに保存してある。
いつでも遊べる。
バックアップもとってある。
ふふふ。

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この傑作が、「サイレントヒル」最新作になるはずだったのにならずに終わっちゃった経緯は、結構有名だし今更掘り返したくもないので割愛する。

あの事件からまだ間もないE3 2016で1st trailerが発表され、次いで体験版『ビギニングアワー』が配信された『バイオ7』は、それはもう言われまくった。

「これP.T.じゃん」
バイオハザードにも影響与えるとかP.T.すごいなあ」

意味も分からぬまま放り込まれた一軒の家、歩いて探索するのがやっとの主人公*1、次々と襲う不気味で恐ろしい現象……。

何もかも『P.T.』が先に形にしていたことだ。

バイオ6』がずっこけて悩んだカプコンが、『バイオ4』の“フルモデルチェンジ”の栄光を再びと考え、『P.T.』のコンセプトにそのまんま飛びついた。
そうとしか見えない形だった。

しかも『P.T.』に比べると『ビギニングアワー』は劣化していた。
『P.T.』の恐怖描写はポーズ中すら容赦しない。ポーズ中すらゲームが進むとかそういうレベルではなくて、オプション画面にさえ幽霊が出現する。さらに進めていくと、画面が乱れて、ゲーム機自体がバグッたかのような様相を見せる。
「これはテレビゲームなんだ」という安心感をプレイヤーからはぎ取る、小島監督の得意技だ。
このお家芸は、ホラーゲームに用いられて初めて真価を発揮していたように思う。

それに比べると、『ビギニングアワー』は従来のゲームの域を出ていなかった。
アイテム画面が普通にあるし、『P.T.』に比べればステージも普通の構成だ。
それに、激烈に難しい道のりの末にトゥルーエンドが用意されていた『P.T.』に対して、『ビギニングアワー』はただ理不尽なバッドエンドが待っているだけで、意味深なアイテムも見せかけだった、というのも残念なところだった(アップデートで変わったけど)。

私は、この頃、「あー、ドラゴンズドグマ*2再びだなあ」とか思ってた。
つまり、人気の出た新ジャンルはとりあえずパクる、カプコンの悪癖がまた出てきたというわけだ。

 

 

類似点が誰の目にも明らかだったのは、『P.T.』だけではない。

少し洋ゲーをかじったゲームファンからは「『OUTLAST』の後追いじゃん!」と言われた。

無造作に置かれているマネキン人形の横を通り過ぎ、ふっと振り返ると、他に誰もいないはずなのにマネキンの向きが変わっている……なんてのはベタながら強力な恐怖描写だが、ホラーFPSにおいては『コンデムド クリミナルオリジンズ』が何年も前にもっと強烈に形にしていた。


condemned mannequin scene

 

 

 

映画をかじったぐらいの人の中には、「なんかバイオがとうとう『悪魔のいけにえ』をパクりだしたらしい」と言う人もいた。

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くっそ汚い家で人肉料理を囲み、ニコニコと笑っている、今回の敵、ベイカー家の人々。
生きてるのか死んでるのかわからないご老人まで一緒だ。
ホラーゲームを嗜むような人なら、誰だってあの一家を思い出す。

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シリーズファンが一番がっかりしたのは、このベイカー家の存在が発表されたときだろう。

今作が「原点回帰」を掲げて発表されたとき、昨今のガナードやジュアボといった敵に辟易としていたファンは、古き良きゾンビホラーに戻ることを期待した。
だが蓋を開けてみればこの有様だった。
ゾンビに戻るどころかさらに別の方向へ向かいだした。
キチガイから逃げ回るサイコスリラーの何が「生物災害」なんだよ。ゾンビどこいったゾンビ。
続報を聞いてそう絶望した古参ファンは少なくなかったはずだ。

 

私はというと、ベイカー家という新たな敵についてはそこまで抵抗感はなかったが、「多分今度も出来は良くないだろうな」ぐらいに思っていた。
人によって定義は違うだろうが、私にとって、パクリが許されるかどうかの分水嶺は、上手いこと昇華できているかどうかだ。
その点、昨今のカプコンは、ドラゴンズドグマに象徴されるように、何かを真似して取り入れたところで、劣化コピーに終わることがほとんどだったのだ。
「ああ、『バイオハザード6』でぶっ叩かれまくったから今度こそ恐怖描写に全力投球しようってんだろうけど、名作ホラーをただパクリまくれば怖くなるわけでもないんだよなあ……」

それぐらいの感想しか持たなかった。

 

しかししかし、結果としてカプコンは、見事な逆転ホームランを打ち上げた。
節操なく堂々と取り入れられたこれらの名作の意匠は、見事に『バイオハザード』としてまとめ上げられていた。

前置きが長くなってしまったが、後ろ向きな物言いはここまでである

 

 

 

 

「原点回帰」の看板に偽りなし!

これはもう体験版を遊んでもらえばすぐにわかることだが、バイオ7』は滅茶苦茶怖い
実にバカな感想だが、本当にそうなのだ。

まず、舞台の作り込みが、非常に非常に高いクオリティに達している。
すなわち、丁寧に上手いこと『悪魔のいけにえ』の(もっと言えばエド・ゲインの家の)雰囲気をモノにしているのだ。
汚物の並んだ食卓、カビにおおわれた地下室、湿地に浮かぶボロ小屋、死体が並ぶ解体場……と、いろんなロケーションが登場するが、いちいち最高にキモイ。
例えば食卓の上の鍋を開けてみたら、汚物がぎっちり詰まっていて、主人公の腕にゴキブリが這い上がってくる。最悪だ

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悪夢だよこれは。

 

新エンジンを駆使しただけあってグラフィックの描き込みも非常に精微だ。和ゲーメーカーの競争力低下が叫ばれて久しいが、ここらへんはさすがカプコンって感じだ。

そして、そんな恐ろしい空間において、キチガイ殺人鬼がどこから飛び出してくるかわからないのだ。
そこを一人称視点で延々と歩かされるのだ。
これが怖くないわけがない。

とはいっても頻繁にジャンジャカ飛び出してくるわけではない。
脅威に遭遇する頻度が実にいい塩梅になっていて、慣れるまで時間がかかってしまう。

さらに、体力ゲージやマップや残弾数といった、「これはゲームですよ」と我々に保証してくれる優しい画面オブジェクトがほぼ一切ないという、これまた『バイオ1』に回帰した無慈悲なスタイルもこれに拍車をかけてくれる。
探索中、BGMがほとんど流れないという演出もきつい。

 

ゾンビものFPSの傑作としては『LEFT 4 DEAD』とか『デッドアイランド』とかいろいろあるが、今作の怖さは、あれらが提供してくれた「押し寄せてくる恐怖」ではない。
それこそ『バイオハザード』第1作が私たちに提示した、「そこを歩く、という恐怖」だ。

ただ進めるだけでも怖い『バイオ』をカプコンは久しぶりに提供してくれた。

 

 

だが、怖いだけでは『バイオ』ではない。
シリーズ開始当初より、『バイオ』は一貫して「サバイバルホラー」なのだ。

人喰いゾンビがそこら中にいる洋館、話の通じない狂人でいっぱいの寒村。
バイオ』のプレイヤーと主人公は、わけもわからず恐ろしいシチュエーションに放り込まれ、抵抗もままならず右往左往する。
最終的な目標は「脱出」と決まっているが、何をどうすればいいのかさえ最初はわからない。
歩いているだけで怖い空間を、おっかなびっくりさ迷うだけだ。

 

しかし、やがてプレイヤーの手元には武器やアイテムが揃い、ゲーム内の「世界」に慣れてくる

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数々の不気味な敵も、決して殺せない相手じゃないと気づいてくる。
ゾンビは、呪術でよみがえった亡霊ではなく、ウィルスによって生み出された“感染者”でしかないのだ。初期装備では何発弾をぶち込んでも倒れてくれない恐ろしい敵だが、終盤近くにもなれば、ただの鈍いマトになってくる。
角を曲がった向こうでいきなり遭遇したからって慌てない。「あー多分いるだろうな」とだんだん予想がつくようになってくるし、実際遭遇する段になっても、一発ぶちこんでひるんでいる隙に脇を通り過ぎるだけだ。

バイオ』のプレイヤーと主人公は、恐怖を乗り越えて逞しく成長するサバイバーなのだ。

この点、『バイオ7』の開発陣は、実に“わかっていた”と言える。

一人称視点と、ゾンビでもガナードでもない「キチガイ一家」という、未体験の恐怖。
だがプレイヤーはだんだんそれに免疫がついてくる。
ナイフを手に入れ、ハンドガンを手に入れ、ショットガンを手に入れ……敵に対抗する術を身に着けていく。
そうしてプレイヤーが「サバイバー」となった頃、それを見計らったかのように、『バイオ7』は熱い戦闘パートを挟み込んでくるのだ。

それはローンチトレーラーである「TAPE-4“レジデント イービル」のラストで丁寧に提示されている。


『BIOHAZARD 7 resident evil』TAPE-4 “レジデント イービル

「イカれた一家め」

悪魔のいけにえ』同然のシチュエーションに放り込まれて逃げ惑うだけだったプレイヤーは、しかし成長し、ついにはあのキチガイ親父とチェーンソーを交えるのだ

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そしてもちろん、これ以上に派手な戦闘も登場する。
「ああ、やっぱバイオだわこれ!」と感心すること請け合いの派手なクリーチャーがきちんと用意されている。

 

大事なのは、バイオ7』は一貫して怖いままで、プレイヤーの方がなんとかそれについていけるよう成長してくるということだ。

今まで経験したことのない恐怖。
その中で成長し、生き抜いていく達成感。
振り返れば、『バイオ1』や『バイオ4』もこの2つをきちんと提供していたからこそ傑作だったのだ。
(逆に『バイオ5』や『バイオ6』がなぜイマイチだったかというと、怖いステージにプレイヤーが慣れてくるのではなくて、怖いステージがそもそも中盤以降なくなってしまうという構造だったからだ。)

バイオ7』は見事に「サバイバルホラー」への原点回帰に成功した。
『P.T.』『OUTLAST』を後追いした形になったものの、カプコンはこれら2つを押しのけて、「サバイバルホラーFPS」を完璧にモノにしたと言えよう。

 

 

 

※※ここから先はもうバリッバリにネタバレしてまっせ※※
※※もしここまで読んで「買ってみようかな」って思ったなら、この下の項は読まずにとっとと『バイオ7』を買ってくるんでっせ※

 

「邪悪な住人」達の「生物災害」、完成度の高い物語!

このキャラの件に話を戻す。

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私みたいにホラー映画・ゲームに中途半端にハマッてるプレイヤーは、この婆を見て、カプコンを舐めてしまう。
ああ、『悪魔のいけにえ』パクりたくて、生きてるのか死んでるのかわからん老婆キャラを入れたんだろうな」……(だって『バイオ6』あたりの体たらくを見るとそう思うもん)。

その油断に、まんまと付け込まれた。ていうかただの自滅だ。
在りし日の家族の写真はいくらでも転がってるのに、よく見るとこのババアらしき人物の姿はそれらの中にひとつもない。
そんなわかりやすい伏線がいっぱいあったのに、正体に気が付いたのは終盤も終盤だった。「ああ!!」と膝を打ってしまった。

 

というのは、私にとっての今作の個人的なツボだが、これに留まらず、今作は脚本が良かった

なんというか、実に『バイオ1』だった(焼き直しって意味ではない)。
物語を進めていくうちに、事件の背後にあるとんでもない「生物災害」の存在が明らかになってくる。
だが、大都市を巻き込んだバイオテロとか世界征服をたくらむ強化人間とかって話には決して飛躍せず、「館」の中で事件は終結するのだ。

まあスケールの大きさは好みの問題だけど(スケールが小さくなったのが逆に不満なファンは結構いる)、『バイオ6』なんかはそれで失敗していた。
米大統領まで巻き込む大スケールで、しかも4人のキャラの物語が同時に絡むという内容だったが、ぶっちゃけ、見事にまとめたとはいいがたいところがあった。

その点で言えば今作は、まとまっていた。
「えっ、それ未回収なの」ってところはちょっとあるけど、中盤以降、事件のタネが小気味よく明らかになっていく。
心霊現象としか思えない不気味な出来事の数々にも、ウィルスでもプラーガでもない新たな生物災害がタネとして作用していたことがわかってくるのだ*3
なんでそんな生物災害がルイジアナの片田舎に巻き起こったのか、どうしてあのキチガイ一家はキチガイなのか。すべてがどんどん明らかになり、プレイヤー=主人公の敵が誰なのかも見えてくる。

 

そして、逞しく苦難を乗り越えたプレイヤーが最後にたどり着くのは、体験版と物語序盤で死ぬほどビビりながらさ迷った、最初の廃屋だ。
いろんな舞台を巡り巡った末に最初の場所へ戻ってくる、というクライマックスは割と定番だが、実は『バイオ』シリーズにおいては初めてのことだ。
「遊ぶ人が自分の成長を感じられること」をゲームの重要な要素として挙げたのは宮本茂だが、「あんなに怖かった廃屋が今は怖くない!」と強く感じさせてくれるこの構成はとても良かった。
数時間前に自分とミアを襲った悲劇を幻視しつつも、プレイヤーは黒幕のもとへ進んでいく。わけもわからぬまま迷い込んでビビりまくっていた頃の自分とは違うことを自覚しながら、力強く歩みを進め、ついには黒幕と対峙し、悲劇に終止符を打つのだ。
クライマックス~エンディングの爽快感は、シリーズ最高だった*4

 

そして、エンドロールでタイトルが表示されたのを見ると、思わずため息が出る。
今作のタイトルが、タイトル芸だけで終わっていなかったとわかるからだ。

今作ではシリーズ20年目にして、初めて洋題をサブタイトルに据えた。

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海外では逆に邦題がサブタイトルになった。

これは、第一にはもちろん、シリーズの仕切り直し・新生・再スタートを印象付けるためだろう。というか最近のカプコンの仕事を考えると、それだけのためにつけた、インパクト重視のタイトル一発芸としか思えなかった。
しかし終わってみれば、今作は確かに「生物災害」と「邪悪な住人」の物語だった。シリーズ新生に当たって、シリーズが掲げてきたタイトル通りの物語をいま一度作り上げたわけだ。実にいい仕事だ。

今作の脚本には『F.E.A.R.』のリチャード・パーシーが参加しているが、彼の功績が結構大きかったに違いない。
やはり腕の良い本職を脚本に起用するのが一番だ。『リベレーションズ』が同じ形で成功を収めていたことから学んだのかもしれない。ゲームデザイナーとシナリオライターの両方の才能を兼ね備えることができるのは、小島秀夫のような巨人ぐらいなのだ。

 

 

悪魔のいけにえ』的シチュエーションが大成功! 

これは、上の2つに比べると小さな話になるのだが、『悪魔のいけにえ』的シチュエーションは、ある問題を解決する上で『バイオ』にぴったりだった。 

どういうことかというと、

そりゃそーだ
ありゃヒドかったもの
研究所ん中の移動、クランク回して下水抜いてピアノで月光弾いて紋章はめて入り口が噴水の中から現れんの
来客用の応接室の入り口、吊り天井だし
そりゃバイオハザード起こるわ

――平野耕太「以下略。」より

ということだ。

バイオ』の特徴のひとつに、歯ごたえのある謎解き要素がある。
像をごりごり正しい位置に動かしたり、壁にかかった絵を正しい向きに直したりしてパズルを解く。最初の行動範囲はすごく狭いが、そうやって謎を解いていくうちに鍵が手に入る。
「あっ「蠍の鍵」だと。そういえばあの開かなかった扉、蠍の絵が描かれてたな」
プレイヤーは来た道を戻り、新たな扉を開けて探索を続ける。
奥へ奥へ、スイスイすいすい進めてしまっては怖くない。歩くだけで怖い空間を、謎解きのために泣く泣く行ったり来たりさせられるからこそ『バイオ1』は怖かったのだ。

が、とはいえ、ホラーアクション黎明期だったからこそ『バイオ1』の謎解きはプレイヤーに受け入れられたのであって、今ではさすがに滑稽に感じざるを得ない。
バイオ2』も一緒で、あの警察署も、公的施設だというのに洋館と同じ有様だったからもう面白かった。「元々は美術館だからそういうギミックが多い」という苦しい後付け説明で乗り越えていたけど、いや美術館にしたって同じだわ。

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今でもこの像を見るとわらけてくる。なんやねんそのカギの隠し方。

 

しかしそこへいくと、今作の舞台は「キチガイ一家の邸宅」だ。
しかも、「“家族”を増やすために、拉致った人を脱出させないよう工夫を凝らしてある」という設定だ。
どこかからクランクを持ってきて橋を動かさないと湿地帯を渡れなかったり、扉に描かれた動物に対応する鍵を用意しないと通れない道があっても、それほど不自然には感じない(これについては『バイオ4』も上手かった。カルト教団の根城という舞台設定はファインプレーだ)。
「あのキチガイ共の家だもんなあ……これぐらいしないと抜け出せないよなあ……」というある種の心地よい納得と共に、物語が進む*5*6

悪魔のいけにえ』的シチュエーションは、こうして実に有効活用されていた。

 

 

結論:最高

発売が決定している、リメイク版『バイオ2』には、今回の技術やエンジンが用いられると推測されているが*7、このリメイクに大いに期待している。

上では書き漏らしたが、今作は過去作へのオマージュにもあふれている。
これは確かに『バイオ』シリーズ本編なんだな、とエンディングでは強く感じさせられたし、「あっ、あのキャラがここに!」と嬉しくなる小ネタもある。
今作において、荒れ果てた草地をひとりで進む序盤で味わう不安は、まぎれもなく『バイオ4』の序盤のそれだし、2階へ上がる階段が部屋の両脇に1つずつ用意されたあの邸宅の大広間は、言う間でもなく『バイオ1』の最初の大広間だ。
今作で『バイオ』は2度目のフルモデルチェンジを果たしたが、決して過去作を切り捨てようとしているわけではない。むしろ、スタッフがシリーズに対して持つ愛情の強さを感じさせる出来だ。

愛情と技術を兼ね備えたスタッフを擁する今のカプコンなら、きっと『バイオ』シリーズをまた盛り上げてくれるはずだ。

 

今作には対戦もCo-opもない。キャンペーンがほぼすべてだ。
現在主流のFPSソフトと比べると結構寂しい。が、これでフルプライス……敢えてケチをつけるとしたらここかもしれない(もちろん私個人としては、実に安い買い物だったと断言する)。

だが、HDハードが登場してからというもの、和ゲーメーカーがFPSというジャンルをまともにモノにできたことはほとんどなかった*8。このジャンルにおいて、いまや海外メーカーと和ゲーメーカーの技術力やノウハウの差は、ぶっちゃけ絶望的だ。
そこへ敢えて殴りこむのだから、マルチプレイを諦めまずはキャンペーンに全力投球するという選択は正しかったと言える。
そして、その挑戦は、実に実に見事な成功を収めたと言っていい。
数々の名作ホラーの要素を複合したホラーエンターテイメント、最高の形の“『バイオ』最新作”、と、今作を称える上ではいろんな見方があるが、和ゲーメーカーがここまで見事なFPSを作ってくれたという点でも、エポックメイキングな作品になったと思う。

本当に最高のホラーFPSだ。

もし買おうかどうか迷っているなら、ぜひとも買ってほしい。

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お前も「家族」になるんやで。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、まだPSVRで体験してない奴が何偉そうに言ってんだって話でもあるんですけどね!!

 

いつ買えるようになるんすかねあれ……。
エースコンバットシリーズも大好きだから、それまでには手に入れたいんすよね……。
でもスイッチ発売したらしばらくゼルダ漬けになるし……。
どうしましょうね……。

 

*1:昨今スピードを増すばかりの大作ミリタリーFPSとは対照的な、いかにも一般人らしいヨタヨタした歩き!

*2:スカイリムを目指した結果、アクション要素以外は何もかも劣化コピーに終わった残念なオープンワールドゲームだった。アクションは超よかったけど。

*3:ぶっちゃけ大したタネじゃないが、上手いこと着地しただけ、近年のバイオより全然良い。

*4:ビターな終わり方のエンディングもあるけどね

*5:ちなみに邸宅を設計したのは、あの洋館も手掛けたジョージ・トレヴァーだったと劇中で明らかになる。納得だ。

*6:まあ、一家がおかしくなる前から元々邸宅はこういう設計だったわけで、そこはおかしいけど。

*7:実際、新たに制作されたR.P.Dのステージデータが今作のデータから見つかっている。

*8:HDハード登場直前には『メトロイドプライム』という大傑作シリーズがあったがあれはほぼ海外製だし、『コーデッドアームズ』はPSP向けな上にB級感は否めなかった。

【微ネタバレ】『シン・ゴジラ』が提示した新ゴジラに感動した

シン・ゴジラ』のゴジラに関するネタバレを若干含みます。
ストーリーなどのネタバレはありませんが、ご注意ください。

正直言って難点はいろいろありますが、それをすべて帳消しにしてしまうほどのパワーを持った傑作でした。
未見の方はぜひ見に行ってください。

 

ゴジラ ムービーモンスターシリーズ ゴジラ2016

ゴジラ ムービーモンスターシリーズ ゴジラ2016

 

安いのになかなかの出来栄えでかっこよくて怖くて可愛い。
魔除けとかにも使えそう。

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『宇宙のガズゥ』:偉大なる漫画家・横内なおきが帰ってきた!

何たって2016年1月のイベントと言えばこれである。

人口爆発により、行き場のない大量の移民を乗せた貨物船が、宇宙をさまようようになった未来。
植民星の開発は捗らず、いつしか貨物船それぞれがひとつの文化圏と化していた。
物資の困窮により、富める者とそうでない者の差は広がり続けた。やがて貨物船同士の争いがはじまり、また船の中でも苛烈な格差社会が形成されていった。

まさに“生き残りを賭けたサバイバル宇宙時代”の到来だった。

ある日、荒廃したとある星を、宇宙船「オクアノス」が飛び立つ。
仕事を求める“ロワー”達は、今日もまた、マシな生活への希望を掴めぬまま船から降ろされた。
ただひとり、覆面の巨漢「ガブリエル」を除いて……。

新鮮味ゼロである。ていうかもう、クリシェの域。*1

だが、作者の魅力は、独創性のある世界観ではないのだ。いやそもそも氏の作品は、偉大な名作の要素を惜しげもなく取り入れ、自らの作風の下に再構築するものなのだ。

すなわち、児童誌の画風で展開される、渇き切った冷たい暴力

このミスマッチな、それでいて唯一無二の魅力にあふれた世界がとうとう帰ってきた。
作者――あの『サイボーグクロちゃん』を世に送り出した横内なおき氏の、これは、見事なカムバックである。

 

 

とりあえず読んでみねえとわかんねえよー、という人は、Pixivで1話を読めるので試し読みしてください。

 

www.pixiv.net

 

 

末期「コミックボンボン」読者と『サイボーグクロちゃん

私は20代半ばだが、同世代の人に『サイボーグクロちゃん』を知らない人はいないだろう。
いやごめん嘘。いる。だってあれ連載してたの「コミックボンボン」だもん。

どんな漫画かと言われると、説明に困る。
一言でいえば「最強のサイボーグ猫”クロ”が繰り広げるドタバタギャグマンガ」であり、大規模な破壊描写を伴ったテンポのいいドタバタギャグ、時折飛び出す妙にシニカルな小ネタが魅力のギャグマンガなのだが、この漫画の魅力はそこだけではなかった。

どこまでも広がる荒廃した砂の海で、争いだけが繰り返されるディストピア
四肢をちぎられ、皮膚をはがされて、無残に殺されていく仲間たち。
親友の片目をえぐりとってしまったことを悔やむ主人公と、彼への復讐の念に悩まされる親友。
実の息子を延々踏みつけ続ける父。
口から血を流し、目を上転させて地面に転がる息子。
そしてその怨念が形となって表れた、無限に膨らんで街を飲み込もうとする怪物。

サイボーグクロちゃん』は様々な顔を持っていた。
ときにハードなディストピアSFであり、血みどろの任侠青春映画であり、爪はじき者の友情を描いたジュブナイルアドベンチャーでもあった。

まあもっとストレートに言ってしまえば、ときに『マッドマックス』、ときに『仁義なき戦い』、ときに『AKIRA』だった

読んだことない人はぜひ、新装版が刊行されている今、読んでほしい。
新装版があるなんて知らなかった!という当時の読者のみなさん、おめでとう、すぐ買いましょう。

サイボーグクロちゃん』とは、全11巻(新装版は6巻)の中にこれだけの(偉大な名作エンターテイメント作品の)要素を贅沢に詰め込んで、当時小学生だった私たちに紹介してくれた、極上の漫画作品だった。
そしてその魅力は、今読み返してみても、まったく色あせていない(これは断言させてもらう)。

そんな作品を送り出したのが、横内なおき氏だったのです。

 

暴力漫画家・横内なおき

と書くと、ファンはおろか当の本人にも怒られるだろうけど、横内なおき氏が持つ魅力を見つめた場合、まずはこうして呼ばざるを得ないと思う。

「四肢をちぎられ、皮膚をはがされて、無残に殺されていく仲間たち」の姿を、横内氏は、児童誌で、正面から描いた。
サイボーグクロちゃん』の場合、登場人物が全部ネコ、という天才的なアイディアがそれを可能にしていた。
どんだけ飛び散ったりしてもネコだもん、大丈夫大丈夫、ってな調子だ。

これもまた断言するが、最初から最後までただのギャグマンガだったとしても『サイボーグクロちゃん』は人気だったはずだ。それぐらい、ギャグの完成度は高かった。
でも、児童誌らしからぬあのハードな暴力的展開を、こうまでしてねじ込んだのは、やはりその展開こそが横内氏自身の作風だったからだと思う。

そして、そんな暴力が広がる間も、ギャグシーンと変わらぬ雰囲気で続く、あの親しみやすいデフォルメされた絵柄
いかにも児童誌然とした画風の中で展開される、苛烈窮まる暴力。
そのギャップこそが横内氏の第一の魅力であるのだ。

 

そして、この『宇宙のガズゥ』では、めでたくリミッターが外れた
薄汚い密航者は、真空空間に投げ出されて悶死する。
船を襲った宇宙海賊は、超小型ブラックホールで小さく圧縮され、謎の宇宙生物に首をもぎとられ、押しつぶされる宇宙船の中でミンチになる。

しかも今度はすべて人間だ。
今度こそ、容赦のない暴力が広がっている。

横内氏の魅力が、とうとう最大限に発揮されはじめたわけだ。

 

 

だが……。

ギャップ萌え (© pixivのタグ)

ただ暴力的なだけではないのもまた、横内氏の魅力だ。

1話のラストは実に身も蓋もない展開を迎える。

見るからに恐ろしい巨体と面構えで、オクアノスの掟が遂行されるのを見たガブリエル。
船の中では、乗船許可がすべて。許可のないものは誰であろうと、どこであろうと、船の外へ放り出される。
希望を掴んだはずが一転、絶望のどん底に叩き落されて死んでいった密航者の姿を、ガブリエルはは瞬き一つせず見つめていた。
「鋭い」という言葉では足らぬほどの凶暴さをたたえた、その大きな三白眼には、サバイバル宇宙時代が密航者に与えたこの苛烈な処遇さえ、掟に基づいた至極当然の営みとしか映っていないのかもしれない……。

 

否、彼はラストでこうつぶやく。
ないわー。ないない
よくできるわー、あんなこと。エッグいわー

f:id:april_haribo:20160130213547j:plain
(※主人公は真ん中の丸いのです。エライ目つきをしてるこいつ。)

見た目はラスボス、中身は癒し系。それが今作の主人公ガブリエル、否、本当の名をガズゥ

横内氏は、針の振り切れた世界をそのまま読者に提供することはない。
それを冷めた目で見つめる身もふたもない視点、言い換えれば読者のそれに近い目線が、ほぼ常に作品の中に存在する。

ガズゥの「ないわー」「エッグいわー」という、作品の世界観から一気に剥離した軽い台詞が、彼の本来の性格を表す以上に、現実の読者の価値観が作中に入り込む導入口として機能している。

今作を、ただの「宇宙版『マッドマックス』」ではなく「横内なおきサイバーパンクSF」たらしめているのは、この要素だ。
何から何まで『マッドマックス』の換骨奪胎の産物、というわけではなく、心優しい青年が、この狂ったディストピアを読者と共に見つめながら生き抜いていく「横内なおき漫画」なのだ。

 

「ツボを押さえる」ということ 

例えば、『宇宙のガズゥ』と同時に発売された、『サイボーグクロちゃん』の新装版3巻には、重機を駆る敵集団(クロたちのかつてのボスであるゴッチ達)との戦いのエピソードがある。

そこに、『クロちゃん』屈指の燃えポイントがある。

激闘の最中、突進してきたブルドーザーが、クロを大量の破片ごと押し流す。
勝ち誇る悪役(運転手。ていうか運転ネコ)。
だが、その破片の山の中からクロが這い上がってくる。ブルドーザーが猛スピードで走行する中、操縦士は、生きていたクロを目の当たりにして絶叫しながら、ガトリングで吹き飛ばされる。
凄まじい疾走感と爽快感を持っている名場面だ。こればかりは読んでもらわないと説明しきれない(ブルドーザーが止まっちゃダメなのだ。走り続けているからこそ『マッドマックス』じみた興奮があるのだ)。

 

そんな場面が、今作にもある。
終盤、少女を抱えて宇宙海賊から逃げることになったガズゥは、銃弾の雨を、自らのカブトだけで防ぎきって少女を守る。
船外へつながるハッチに敵をおびき出し、自分もろとも吸いだされる危険を覚悟で、真空空間へ投げ出そうと試みる(このシーンで、宙賊のボスが「やりやがったなぁ!」と絶叫するあたりは興奮度マックス。樋浦勉の声で脳内再生された)。
残念ながら『クロちゃん』同様、実際に読んでもらわないと、興奮は体験できない。だが、新鮮味はなくとも燃えること間違いなしと断言しておきたい。

そう、横内氏が描くこれらの名場面の共通点は、「どこかで見たような気がする」ことだ。
「見た」わけじゃなく「見た気がする」のは、もちろん「そのままの場面は見た事がない」からだ。

横内氏は、数々の名作映画のシーンを作品に取り入れるが、そのまま出したりはしない。それらは常に、基本的に「より燃える展開」に変奏されて、読者に提供される。
身を挺して銃弾の雨から誰かを守るのは『ターミネーター』だが、T-800が背中で銃弾を受けたのに対して、ガズゥやクロ(『クロちゃん』終盤でも同じ展開があった)は、正面から銃撃を受けるのだ。

これらの、名シーンの変奏曲は、つまり「ツボを押さえた」シーンとして私たちの元に届く。
元ネタとなった映画や漫画が浮かぶような人ほど、今作を読んで「これこれ、こういう展開じゃなきゃなあ!」と、うならされるのだ。

 

横内氏は、数々の名作映画を意識し、非常にわかりやすく作品に反映させている。
サイボーグクロちゃん』は、上で挙げた以外にも、『白鯨』『エクソシスト』などをパロっている。ていうかそもそも、主人公がターミネーターだ。*2
それらはどれも、元ネタの「外しちゃいけないところ」を外すことなく、しっかりとオマージュに昇華されている。
いわば、『ファインディング・ニモ』のサメトリオのシーンで、『ジョーズ』のファンが味わったのと同じ興奮だ。あれが好きな人なら『クロちゃん』は絶対に絶対に絶対にハマる。
今作や『クロちゃん』が提供するのはそういう楽しみだ。

 

続巻を待ちながら

『宇宙のガズゥ』の魅力は、とりあえず一通り紹介した。
あとはどうか、この記事を読んだ奇特な方々それぞれで、購入を積極的に検討してほしい。

前書きによれば、一応作品の全体像は既にできているという。単行本の売り上げ次第では、十分続刊も見込めるだろう。

元々今作は、横内氏がPixivで、1年で1話のペースで公開していたものだった。
サイボーグクロちゃん』の新装版が刊行され始めたときは「ああこれでしばらくは『宇宙のガズゥ』は続きを見られないだろうな」と覚悟していたが、発表当初から追いかけていた側としては、数年越しに単行本を手にできて非常にうれしい。

その続編が見られるかどうかは、ひとえにこの単行本の売り上げにかかっていると言えるだろう。

絶対に損はしない。
『怒りのデス・ロード』でのジョージ・ミラーに並ぶ*3見事なカムバックだ。
2016年、もっとも重要な漫画のひとつ。ぜひとも手に取ってみてほしい。

 

*1:もっとも、作者が前書きで「離れていた漫画と言う仕事のリハビリとして描いた」と語っているのを見ると、そもそも斬新でひねりのある設定が生まれる予定はなかったのだろう。

*2:氏の『マッドマックス』愛は特に強く伝わってくる。Pixivアカウントにも記念イラストを上げてたし。

*3:『ハッピー・フィート』とかで普通に活躍してただろって? 聞こえんなあ。

2015年に観た映画ベスト・ワースト

テストがてら、時流に乗って2015年に見た映画をランキング付け。

基本的にどれも「1700円返せ!」ってなるようなものではなかったので大丈夫だと思います。

 

ベスト

1位 007 スペクター

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2位 神々のたそがれ

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友人があまりにも薦めるので、「あっ、1週間しか上映してないやん!」とシネモンドへ駆けつけた。
あの素早い行動が今となっては悔やまれる。
「単なる汚物ショーじゃない」と書きたいところだけど、その方向で書いても説得力出せない。

 

3位 クリード チャンプを継ぐ男

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『フォースの覚醒』のオープニングの興奮が、これの“ロッキーのテーマ”で消し飛ばされた。
後で冷静になっちゃって、「まあ言うたらそれほどでも……なかったんか……?」となる気がするので3位にしておいたけど、2015・16通してベストになる気もする。

 

4位 バードマン(略)

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中盤、公演中の劇場から締め出しを喰らうシーンで席を立ちかけた。今年映画館で観たどんな危機的場面も、あの恐怖には及ばない。
『レヴェナント』も早く見せてくれよなー、頼むよー。

 

5位 マッドマックス 怒りのデス・ロード

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「予習だー!」と思って慌ててシリーズ一気見して『2』の面白さを今頃知ってめちゃくちゃハマッた状態で映画館に行ったら「あ、『2』とは違うものを見せてくれるんや……いやまあ、そうやなあ……これはリメイクじゃなくて新作やもんなあ……」ってなってしまって逆に後悔した。

 

6位 スターウォーズ フォースの覚醒

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彼を殺したのと、随所で挟まれる異常にダサいシーンの存在が本当に許せなかったけど、2回目見たら「もう彼は戻ってこないんや! これで行くしかないんや!」と諦めがついた。4DX最高。
……でもなかった。スターキラーに舞台が移るころには体が疲れて仕方なかった。

 

7位 ミッション・インポッシブル ローグ・ネイション

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わーって話題作が公開されてより取り見取りだった時だからか、そこまで印象に残ってない。でも「じゃあそれほどでもなかった?」って言われたら「いや楽しかったよ何言っちゃってんの!?」ってなる。

 

8位 ジュラシック・ワールド

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ウィキペディアはいつから「ネタバレが書かれるのは仕方ない」「百科事典である以上、ネタバレは不要とは言えない」というぷざけたスタンスをとりはじめたのかね!
キャストだけ調べるはずがあらすじの末尾だけ目に入っちゃって、あの激燃え展開が台無しだったよ!

 

9位 キングスマン

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「見たことあるぞ……俺はこういう「編集が目まぐるしくて見づらいだけと化したスパイ映画」を見たことがあるぞ……」と『慰めの報酬』を思い出してた。
評判がめちゃくちゃ良いのでマシュー・ボーンがいまにボンドシリーズの監督に起用されちゃったりしないかと不安。

 

 

 

選外 進撃の巨人 ATTACK ON TITAN

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「本当にワーストか? 本当か? よく考えてみ? これより無駄な時間と化した映画がなんぼでもあったやろ?」と自問自答してたら、大型巨人のシーンとか捨てがたくなってきた。

 

選外 アベンジャーズ エイジ・オブ・ウルトロン

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飽きてきた。

 

未見:『セッション』『ターミネーター:新起動』『コードネーム U.N.C.L.E.』『野火』『バクマン。』『Ex Machina』『アメリカン・スナイパー』『ピッチ・パーフェクト2』『バケモノの子

 

 

ワースト

2位 キングコングカナザワ映画祭 野外上映イベント)

あんなに好きな作品なのに全然だった。
あと、映画そのものより、スクリーンを写メに収める方が大事な人多すぎる。

 

1位 ギャラクシー街道

真田丸がいまのところいい感じなので映画のことはもう忘れました。

 

 

 

これぐらい。

今年も『オデッセイ』『シン・ゴジラ』『バットマン v スーパーマン』『ファインディングドリー』と楽しみな映画が多くてホクホク。
あと、『SLUM-POLIS』がシネモンドに来るのを待ち望んでいる。